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その他−エッセイ

竹内弁護士 半生を語る (その1)

弁護士登録30周年を迎え、これまでの歩みをインタビュー

当事務所の竹内平弁護士が、弁護士登録30周年を迎えました。そこで、竹内弁護士のこれまでの歩みを、インタビューの形で二回に分けて振り返っていただくことにしました。今回は、弁護士になるまでのお話です。聞き手は、伊藤朝日太郎弁護士。

  竹内 平 弁護士

いつ弁護士になろうと思われたんですか?

  高校生の時は船乗りになろうと思っていて、当初は商船大学に行きたかったんです。目がよくないといけないというので、夜空の星を眺めたりしてトレーニングをしていました。しかし、視力がちっともよくならず、親戚一同からも猛反対されたことから断念。

結局法学部に進んだのですが、大学時代の終わりころ、現場にかかわる法律家として、弁護士になろうと思いました。そのため、大学を卒業してから本格的に受験勉強を始めました。

受験時代に結婚もなさいましたね。

  妻とは大学で知り合いました。結婚する前の年の夏に、彼女の実家は富山だったから、富山のご両親に挨拶にいきました。ものすごく緊張した。しかし、彼女の親は二つ返事で結婚を了解してくれた。彼女とご両親の間で信頼関係ができていたんだね。

結婚して次の年に司法試験に合格しましたが、彼女はその頃から看護師として働いて生活を支えてくれていました。

修習時代の思い出は?

  青年法律家協会で活動したことが大きな思い出です。僕のクラスの青法協は、誰言うこともなく「酒飲み青法協」と呼ばれていたけどね。青法協では、司法研修所の教室に朝ビラを配っていた。
 
夕方から原稿を書いて印刷。当時水道橋に青法協弁護士学者合同部会の事務所があってそこで印刷した。夕方から書くものだから印刷が終わるときには、朝3時か4時くらいになっていました。そこから、寮にいってホチキスでとめて、朝一番に教室に配りに行く。徹夜の作業になるけど、みんなでいろいろ相談してビラを作るから発想も豊かに出てくる。

夜明けのタクシーによく乗った。今の仕事スタイルの原型があるのかもしれないな。うちのクラスには十数人くらいの会員がいました。

南部に入所されたのはなぜですか?

  労働事件をやるために南部に入りました。労働事件やるために弁護士になったようなものだからね。労働者は6000万人いる。6000万人の伴走者になろう、と今から思うと不遜にも思っていたのです。

当時の南部には、水野先生、富田先生、鈴木先生、宮田先生、小島先生、浅井先生というそうそうたるメンバーがいらっしゃいましたね。(次回に続く)

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