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その他−なんぶ法律九条の会

なんぶ法律九条の会五周年 西山太吉さん講演

  「なんぶ法律9条の会」は今年で設立5周年を迎え、去る6月19日、西山太吉さんをお招きして「沖縄を考える集い」を催しました。西山さんはある程度の年齢の方にとっては「時の人」として有名な方です。

  1972年5月、それまでアメリカの施政下にあった沖縄が日本に返還されましたが、当時毎日新聞の政治部記者だった西山さんが、「アメリカが日本に支払う」はずの米軍用地復元補償費400万ドルを日本が肩代わりする内容の密約を突き止め、社会党議員を通じて国会で追及したのです(西山さんはベトナム革命を修士論文のテーマにされるなど、国際政治にも深い造詣をお持ちです)。ところが情報の入手ルート(取材源)が外務省の女性事務官だったため、国家公務員法違反で起訴される中で、男女関係のスキャンダルとしてマスコミに大きく取り上げられ、国民の「知る権利」に対する侵害という問題点がすり替えられてしまったのです(いわゆる「西山事件」)。

西山さんは1審では無罪でしたが、控訴審・上告審はいずれも有罪となりました。

その後、長い年月が流れましたが、2000年になってアメリカの国立公文書館から密約の存在を裏付ける文書が発見され、2005年には謝罪と損害賠償を求めて国家賠償訴訟を提起して結果的に(「除斥期間経過」を理由に)敗訴したものの、元外務省局長の証言もあり、2009年に情報公開訴訟を提起し、今年4月に東京地裁は国に文書開示を命ずる判決を下しました(この裁判は控訴審で係争中です)。

刑事裁判の有罪確定以来、表舞台からは遠ざかっておられた西山さんですが、密約の存在・内容が明らかになるにつれて再び注目を集めるようになられ、現在では全国各地の講演や執筆活動にいそしまれているとのことです。

「沖縄を考える集い」は、「西山事件」の特集番組のビデオを見た後で、質疑応答も含めて約2時間、西山さんにご講演いただきました。

  西山さんのお話は、まず、いわゆる「60年安保」の前の数年間から始まりました。1951年に締結された旧安保条約の下、米軍は日本各地に駐留していましたが、鳩山・石橋という2代の「党人内閣」は日本独自の自主独立路線に立ち、在日米軍の撤退を求めようとしており、「石橋内閣が4年間続いていたら、60年安保はなかっただろう」とのことでした。

ところが後継の岸信介首相は官僚出身で、しかもアメリカに「待望の政府」と言われるような反共主義に立っていましたが、国民に対しては自主独立路線であるかのようなポーズを取り、「朝鮮半島有事・核持込みについて事前協議が必要」との建前を標榜しつつ、実際は骨抜きとなる「密約」をアメリカと結んでいました。ここから現在の「日米同盟」につながる対米従属関係と情報操作が始まっていたのです。

沖縄返還は1972年に自民党総裁としての任期を終える佐藤栄作首相の「花道」でしたが、そのためには何としても1969年のうちに沖縄返還協定を締結する必要があり、アメリカは沖縄返還と引換えに在日米軍基地の自由使用を認めさせる好機と考えていました。佐藤首相は沖縄の無償返還・「核抜き本土並み」を国民にアピールしていた手前、アメリカの要求を呑むために「密約」という形を取り、西山さんはそれを見抜いて情報を入手したのでした。

そして、西山さんによれば、「最大の密約は米軍基地施設改善移転費6500万ドルである」とのことです。そもそも、自国軍の基地を改善移転するための費用なのですから自己負担が当然なのに、佐藤首相は5年間の防衛庁予算に潜り込ませて「肩代わり」をさせました。そして日本政府はこれを使い果たした1978年に「思いやり予算」と言い始めたのですが、実はそれが始まりではなく、その前に原型があったのです。

その後、西山さんは現在の沖縄・普天間基地問題へとお話を進められました。アメリカは沖縄の海兵隊をグアムへ移転する予定ですが、その費用も日本が負担することになっています。さらに日米政府は辺野古に新基地を作る合意もしましたが、これらは「抑止力」のためではなく(北朝鮮や中国はもはや「脅威」ではない)、中東などのいわゆる「不安定な弧」をにらんで変化するアメリカの戦略に基づく要求を日本がその都度受け入れていることを示すものです。

そして、日本政府は情報操作によって「密約」などを隠蔽しており、日本のマスコミも国民も監視能力が欠如しているためにずっと操られてきましたが、やはり客観的認識を持つことが大切で、この1、2年が正念場になるかも知れない、とのお話でした。

  西山さんはメモなども全く無しで話し続けられ、時には鋭く強い口調でとてもエネルギッシュなご講演をされました。その迫力に思わず引き込まれ、あっという間の2時間でした。

西山さんは1931年生まれなので「傘寿」間近であるにもかかわらず、私たちを叱咤するようなご講演で、身の引き締まる思いを抱いた人も多かったのではないでしょうか。

今もなお普天間を始め米軍基地が存在し続ける沖縄、そして改定後50周年となる日米安保条約などについて、西山さんの熱い思いを受け止めて、過去の歴史に学びつつ現状を冷静に見抜く目を持ち、常に意識的に行動していかなければならないと痛感しました。

なお、西山さんのご著書である「沖縄密約」(岩波新書)は沖縄返還時以降の日米関係を分析したものとして今もなお名著の輝きを失っていませんし、さらに今年8月には新著も出版予定だそうです。

弁護士 勝田 浩司

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